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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)22号 判決 1975年12月26日

上告人

波田泰夫

右訴訟代理人

堤千秋

被上告人

波多江傳

被上告人

小林秀樹

右両名訴訟代理人

林善助

主文

原判決中被上告人小林秀樹の上告人に対する請求に関する控訴を棄却した部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の上告を棄却する。

前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人堤千秋の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

原判決は、被上告人らがいずれも宅地建物取引業者であること、被上告人波多江は本件取引の売主である上告人より、また、被上告人小林は買主である福岡大学よりそれぞれ本件土地売買の仲介を委託され、被上告人らは各自委託者の提出する売買条件を交換しながら価格の調整に努めたが奏功せず、売買成立の見込みもなく、被上告人らの仲介行為も中断するうち、上告人及び福岡大学は右仲介委託をそれぞれ黙示的に解約したのち、直接売買契約を締結したことを認定したうえ、先に被上告人らが業者として共同し分担を定めて仲介を行つたことが本件取引の成立に寄与した以上、被上告人小林は直接委託関係にない上告人に対しても、特にあらかじめ共同仲介を拒否したなど特段の事情がないかぎり、報酬を請求しうると判示し、上告人に対し被上告人両名に各金五〇万円及びこれに対する昭和四一年一一月一七日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を命じた第一審判決を是認している。

おもうに、宅地建物取引業者は、商法上の商人であるから、その営業の範囲内において他人のためにある行為をしたときは、同法五一二条の規定によりこの他人に対し相当の報酬を請求しうるが、宅地建物取引業者が売主又は買主の一方から、不動産の売却又は買受けの仲介の委託を受けたにすぎない場合においては、たとえその仲介行為によつて売主又は買主とその相手方との間に売買契約が成立しても、宅地建物取引業者が委託を受けない相手方当事者に対し同法五一二条に基づく報酬請求権を取得するためには、客観的にみて、当該業者が相手方当事者のためにする意思をもつて仲介行為をしたものと認められることを要し、単に委託者のためにする意思をもつてした仲介行為によつて契約が成立し、その仲介行為の反射的利益が相手方当事者にも及ぶというだけでは足りないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被上告人らが宅地建物取引業者として共同し、分担を定めて仲介を行い、その結果として本件取引が成立したとする原判示の事実のみでは、被上告人小林の右仲介行為は、委託関係にない上告人との関係においては、委託者である福岡大学のためにする意思をもつてした仲介行為の反射的利益が及ぶにすぎないものというべきであるから、右判示の事実から直ちに被上告人小林の上告人に対する本件報酬請求を認容した原判決には、商法五一二条の解釈、適用を誤り、ひいては審理不尽ないしは理由不備の違法があるものというべく、その違法は結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は理由があり、原判決中被上告人小林の上告人に対する本訴請求を認容した部分は破棄を免れず、さらに審理を尽させるため、本件を原審に差し戻す必要がある。

そして、上告人の被上告人波多江に対する上告は、上告理由第一点につき判示したとおり理由がないから、これを棄却すべきものである。

よつて、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊)

(小川信雄は退官につき署名押印することができない)

上告代理人堤千秋の上告理由

第一点 原判決は第一審判決理由を引用して、上告人波田と被上告人波多江との間に本件土地売買あつせんの依頼があつたかどうかについて、第一審証人藤野金次郎、原審証人西原護康、第一審及び原審の被上告人の各供述、第一審及原審証人平元元裕、同東田隆次郎、第一審証人田中円三郎、第一審及原審の上告人波田の各供述の一部を以て、上告人波田は昭和三九年一〇月頃被上告人波多江に対し本件土地を坪一万五、〇〇〇円で売るよう媒介を依頼され、被上告人波多江は同業者たる被上告人小林に対し訴外学校法人福岡大学に買はせるよう斡旋を依頼したとの事実を認定されている。

しかし、原判決の挙示する証人の供述によるも、上告人が被上告人波多江に対し本件土地の売買を依頼したとの事実は合理的に証明されない。

すなはち、

(1) 第一審証人藤野金次郎の供述中、甲第一号証の二帳簿中売買依頼さるとの記載は証人が被上告人波多江から上告人波田の家を貸そうということで見に行つたときそこの土地を売るということを聞いてきたということで記載したものであつて、上告人波田が被上告人波多江に売買の斡旋を依頼したとの積極的証言はない。

不動産取引業者が取引の斡旋を依頼されるときは委任状或は少くとも物件の内容を明にする図面等関係書類を交付し、或は売買単価を指示するなどの事実がなければ偶々家屋賃貸借の斡旋を依頼する際、売却の意思が認められたとしても、直ちに売買斡旋を依頼したと認められるものではない。

同証言によつても、被上告人波多江は同業者である被上告人小林に対し訴外福岡大学の意向を尋ねて、同大学が被上告人小林に対し売買の斡旋を依頼したので、被上告人波多江は上告人に対し数回値段の交渉しているけれども、折合ができず斡旋を中止している事情が明となつている。

(2) 第一審における被上告人波多江の供述中(一四)「最初波田さんと一諸に家を見に行つた時です。私が屋敷を売る計画はないかという話を切り出したところ結局一万五、六千円位なら売つてよいと波田が言つたので私はその時依頼されたものと思います」と供述している。

上告人は単に売る意思はないでもない旨を明にしているに過ぎない。その時、斡旋の依頼をしたと確定できるものではない。

しかるに、被上告人波多江は原審における取調では「よいお客があつたら世話してくれ」といいましたと述べている。しかし、当時、上告人は被上告人波多江に対して借家人の世話を依頼しているのであつてその敷地である本件土地を売却する意思のないことは明であつて、同人に土地売却の斡旋を依頼する訳がない。

そのことは上告人の第一審及び原審における供述によつて明である。

(3) 被上告人小林は福岡大学の斡旋人として上告人に対し交渉しているものであつて、被上告人小林の第一審における供述によれば借家を見に行つたとき「波田さんが来ていたのでその家を見せてもらいました。そして波多江が土地も三〇〇〇坪もあり売られそうだからと言つて裏の方の土地を私と波多江と見てまわりました」そして上告人が右土地を売るかどうか確めていないと明に供述している。

しかるに、原審においては、上告人が被上告人小林にも本件土地の売買斡旋を依頼したと供述して明に事実を曲げて供述している。被上告人小林が本件土地のことについて上告人と交渉したことはない。被上告人小林が上告人方を訪ねて上告人の長男波田典正と面接しているが、このことは同人の原審における供述によつて明なように、昭和四〇年の初頃、訪問を受け、父は本件土地を売却する意思はないといつていると言つたら狐につままれた様な気持で帰つたことが明にされている。被上告人小林が原審における供述のように、斡旋の依頼を受けているならば簡単に引去がる訳はない。従つて、被上告人波多江は被上告人小林の為上告人と交渉しているに過ぎないものである。

(4) 上告人は第一審及び原審における供述によつて明にしているとおり被上告人波多江に対して借家人の斡旋を依頼したが土地の売却を依頼したものでない。

(イ) 上告人と被上告人波多江との間には本件土地に関する図面その他関係書類を見せたことも、正確な境界を指示したことなく、又依頼書に捺印したこともない。売買斡旋の依頼があつたとするにはこれを証する客観的な事実がなければならない。

(ロ) 上告人は本件土地上に存する建物の借家人を求めて、被上告人波多江の外福岡大学その他不動産業者に仲介を依頼している。このことは、上告人の第一審及び原審における供述並に原審証人栗原護康の供述によつて明である。

証人栗原は右建物を昭和三九年一一月頃共立商事株式会社に賃貸する際、仲介をした不動産業者であつて、当事右建物の敷地を売却する話がでなかつたことを明にしている。(乙第一号証賃貸借契約書参照)

(ハ) 上告人は昭和三九年当初から、本件土地上に存する建物の修理に着手して多額の費用を支出して貸家として前記のとおり賃貸した事実は争うことのできない事実である。(乙第三号証乃至第一一号証は全て修築に要した費用の領収書である。)

(ニ) 原判決は右の事実を認められないではないが、右建物の敷地は本件土地の一部に過ぎないので地上建物を第三者に賃貸したとしても、その敷地を含む本件土地の売却が法律上または事実上不能となる理由がないとして上告人の主張を排斥されているけれども、本件土地は一部宅地で他は山林(松林)であつて、上告人は道路を新設して建物の修築をしていたもので別紙見取図のとおり現実の状況によれば建物の賃貸借が成立すれば売買による引渡が困難となることは多言を要しない。上告人の主張は上告人が被上告人に対し借家人の仲介を依頼し、現実に原審証人栗原の仲介によつて前記のように建物を賃貸した事実からすれば上告人が進んで本件土地の売却を依頼する理由がないので被上告人等の請求には応ぜられない旨主張しているもので、原判決は合理的な特別な事情がないのに単なる想像によつて上告人の主張を排斥せられているので、この点につき審理を尽さない違法があるものである。

(ホ) 被上告人小林が訴外福岡大学から本件土地の買受の斡旋を依頼された結果、被上告人波多江は同人と話合の上、上告人に対し価格の交渉をしていたものであつて、上告人が被上告人波多江に対し売買斡旋を依頼した事実はない。

このことは、上告人の原審における供述並に乙第一二号証の一及び二、同第一三号証の一及二、上告人の日記帳によつて明である。すなはち、上告人は被上告人に対し借家人の世話を依頼しているのであつて、本件土地の売却を依頼したことはない。むしろ逆に被上告人波多江は上告人に対し本件土地を売つてくれと交渉を続けていることは乙第一二号証の二、日記帳昭和三九年一〇月一〇日、同年一一月一八日記載のとおり本件土地の売却を拒絶しているし、同第一三号証の二、昭和四〇年一月二八日記載のとおり、被上告人波多江の申出を拒絶し、その後、被上告人波多江は上告人と交渉をしてない事実が明である。

之を要するに、前記のように、上告人が被上告人波多江に対し本件土地の売却を依頼した事実はなく、被上告人等は訴外福岡大学の依頼によつて上告人に対し売却の交渉をしたに過ぎない。本件において、上告人が被上告人波多江に対し売却の斡旋を依頼したとするには、少くとも、物件の内容を明にする図面等関係書類の交付、売買単価の指示など書面による媒介契約に等しい事情の存しない限り、媒介契約の存在を肯定し得るものではない。原判決はこの点について審理を尽さない違法があるものである。

第二点 原判決は上告人が被上告人小林に対し本件土地の売買斡旋を依頼したことはないと認定せられているに拘らず、(原判決理由二の(ハ))上告人に対し第一審判決と同様、被上告人等に対し金五〇万円及び損害金の支払を命じているけれども仮りに、上告人が被上告人波多江に対し斡旋を依頼したとしても被上告人小林に対し報酬支払の義務を生ずるものではない。

(一) 訴外福岡大学は原判決認定のとおり、被上告人小林に対し委託契約解除までの報酬又は費用の弁償をなすべきことは当然であるが、上告人は第一点に陳述したとおり、被上告人波多江に対しても、本件売買の斡旋を依頼したことはなく少くとも、被上告人小林に対しては面識もないもので、被上告人小林が被上告人波多江と共同に本件売買の斡旋をしたことを上告人が知つていたとの証拠は存しない。原判決も、上告人波田と被上告人小林、訴外福岡大学と被上告人波多江との間には直接の委任関係はないが、被上告人等は不動産取引業者として夫々共同し分担を定めて仲介を行い、直接委任関係にない他方もその利益を享受したものであるから上告人が特にあらかじめ共同仲介を拒否していた等特段の事情がない限り上告人は夫々直接委任関係のない他方依頼者たる上告人に対してもその報酬を請求し得ると解するのが相当であると認定されている。

(二) しかし、委任者と業者との間の仲介委託契約は準委任であり不動産取引の仲介は民事仲立であつて、法律上当然委託しない相手方の仲介人に対し報酬を支払わねばならない根拠はない。原判決は報酬請求権の根拠を直接委任関係のない他方もその利益を享受していることにおいているけれども、受任者は委任した者のためにその委託事務を誠実に遂行しているに過ぎないものであるから委任しない相手方は単に反射的利益を受けているに過ぎない。従つてこのことから当然報酬請求権が発生するとの根拠にはならない。

特に商法五五〇条二項の適用される商事仲立でない本件においては、その違法であることは明である。

御庁、昭和四三年(オ)第一七号報酬金請求事件昭和四四年六月二六日一小法廷判決も明に之を認められている。

原判決はこの点について、法の解釈を誤り、被上告人等の請求を認容した違法があるものである。

以上、何れの点よりするも、原判決は破毀さるべきものと思料する。

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